カステルヴェッキオ美術館は、美術好きにはちょっと異端の美術館です。
というのも、「カステルヴェッキオ美術館」で検索して表示される記事は、美術館の展示うんぬんよりも、ヴェネツィア出身の建築家カルロ・スカルパ氏が設計改築した建築物として賞賛するものが圧倒的に多いからです。
では、この美術館の展示が語るに足りないほどレベルが低いのかというと、いえいえ決してそんなことはないんです。
実際2015年11月には、評価額約19億円相当といわれる絵画17点が、この美術館から盗まれる事件が発生しています。
美術館の警備員を含む犯行グループが盗んだ絵画は、翌年、ビニール袋に入れられてウクレイナからモルドバに密輸されるところを、ウクレイナ国境で押収されました。
絵画はどれもキャンバスから切り取られていましたが、幸い損傷は軽く、無事ヴェローナに戻った後修復され、現在では再び来館者に公開されています。
一般的に盗難された美術品は二度と戻らない確率が高く、戻ったとしても相当長い年月を経た後盗難歴を知らない所有者によってオークションなどに出品されて発見に至るケースが多いので、
このカステルヴェッキオ美術館のように短期間で美術品が戻ってくるのは大変稀なことと言えますね。
価値の高いものだけが計画的に盗み出されたこの事件、
カステルヴェッキオ美術館で国際犯罪組織に狙われた作品が一体どれだったのか、ちょっと見てみませんか?
狙われた名作
ピサネロ 「鶉の聖母」
1420年頃のピサネロの作品とされる「鶉の聖母」です。
ピサネロは15世紀に活動したイタリアの画家で、国際ゴシック様式を代表する画家の一人であり、かつメダル作家でもありました。
この「鶉の聖母」の作風は、ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノとステファノ・ダ・ヴェローナの作風を混合したものとされています。
カステルヴェッキオ美術館では、ステファノ・ダ・ヴェローナ Stefano di Giovanni (Stefano da Verona) もしくはミケリーノ・ダ・ベゾッツォ Michelino da Besozzo 作とされる「バラ園の聖母子」Madonna of the Rose Gardenの隣に展示されています。
部屋に入ったとき、一見両方ともピサネロかと思いましたが、よく見ると女性の顔立ちがまったく違いますね。
どちらのマリアさまも美しい手ですね^^
金を多用しているだけなく、描き込まれた繊細さが放つオーラが煌めく一角でした。
わたしはこの「鶉の聖母」を一番見たかったのですが、絵の前でじっくり心ゆくまで堪能してきました。
(いつものことですが、長居しすぎて警備員がさりげなくわたしの様子をチェックに来ました^^)
ピーテル・パウル・ルーベンス「夫人の肖像」
ルーベンスは画家として成功しただけでなく、博識で語学に長け外交官としても活躍した人物です。
日本ではルーベンスといえば、あ!フランダースの犬ね!と連想するアートファンの方も多いかも。
フランダースの犬最終回で、主人公ネロが最期に見たアントワープ大聖堂の祭壇画を描いたのがルーベンスなんです。
ルーベンスは20代にイタリアに滞在し、ヴェロネーゼ、ティントレット、そしてティツィアーノをはじめとする当時のイタリア美術の影響を受けています。
このピーテル・パウル・ルーベンスの「夫人の肖像」もイタリア時代のもので、マントヴァ滞在中の1602年に描かれました。
この肖像画に描かれた婦人は、髪に編み込まれた花 Licnidi にちなんで “Lady of the Licnidi” と呼ばれます。
夫人はルーベンのパトロンだったフェリペ2世の娘イサベル・クララ・エウヘニア・デ・アウストリアではないかといわれています。
アンドレア・マンテーニャ「聖家族と聖女」
アンドレア・マンテーニャは15世紀から16世紀はじめに活躍したイタリア・ルネサンス期パドヴァ派の画家です。
「聖家族と聖女」にはマリア様と幼いキリストの左後ろに聖ヨセフが描かれ、右側の女性はマグダラのマリアの可能性があるとされています。
アンドレア・マンテーニャの名前を聞いただけではピンとこない方も、ミラノ・ブレラ絵画館所蔵の代表作「死せるキリスト」なら一度は目にしたことがあるのではないでしょうか?
なお、アンドレア・マンテーニャは盗まれた17点の中の「砂漠の聖ヒエロニムス」を描いたヤーコポ・ベリーニの娘と結婚し、ヴェネツィア派の巨匠ジョヴァンニ・ベリーニとは義兄弟です。
また、「鶉の聖母」を描いたとされるピサネロも重用されたマントヴァの貴族ゴンザーガ家の宮廷画家として活躍しました。
彼が活躍した時代はピサネロより後になります。
ジョヴァンニ・フランチェスコ・カロート 「素描を持つ赤毛の若者」と「若きドメニコ会修道士」
ジョヴァンニ・フランチェスカ・カロートは、16世紀にヴェローナを拠点として活動した画家です。
わたしはこの画家のことを知らなかったのと、絵のスタイルが好みでなかったので写真を撮っていませんでしたが、「素描を持つ少年」の少年の表情にはぎょっとしたのを覚えています。
左右の目の焦点があっていないように見えるところや、口角の上がり具合、そして手に持つ絵のかんじ…。
無邪気な少年に見えると同時にホラー映画の一コマにも見えるのですよ…。
すみません、あくまで私見ということで。
一度見たら忘れられないインパクトがありますね。
ハンス・デ・ジョード「港の風景」と「滝のある風景」
ハンス・デ・ジョードはオランダ、ハーグで生まれ、後にウィーンに定着した画家です。
ジョヴァンニ・ベニーニ「ジローラモ・ポンペイの肖像」
ヤーコポ・ベッリーニ「聖ヒエロニムス」
ヤーコポ・ベリーニは初期ルネサンスのヴェネツィア生まれの画家で、15世紀ヴェネツィア派の巨匠ジョヴァンニ・ベッリーニの父親です。
ティントレットとドメニコ・ティントレット
犯人グループの雇い主がティントレットのコレクターだったのでしょうか、ティントレットの作品が一番多く盗まれていました。
次の絵は、ティントレットの息子ドメニコ・ティントレットの作品です。なかなかイケメンですね!
カステルヴェッキオ美術館場所とウエブサイト
corso Castelvecchio 2 – 37121 Verona
おわりに
盗まれた絵はどれ?というミーハー目線での今回の美術館記事、いかがでしたか?
わたしがカステルヴェッキオを最初に訪れたときは、美術館の閉館時間が迫っていたので美術館には入らず、お城周辺とお城から続く橋を歩いて中世の雰囲気を楽しんだのですが、
帰国してピサネロの美しい絵「鶉の聖母」のことと、カルロ・スカルパの改装建築が素晴らしいということを知り、再びヴェローナを訪れた時に美術館に足を運びました。
この記事に取り上げた作品以外に好きな作品がいくつもありましたし、入館者だけがアクセスできる城壁からのヴェローナの眺めもよかったですよ。
美術館内にはかつての城内の装飾も残されているので、城主スカラ家の紋章をはじめ壁のモザイク画から当時の独特の色使いも見ることができます。
全部じっくり見ても疲れない適度なサイズの美術館だと思いますよ。
美術ファン・建築ファンのあなたがヴェローナに行かれた際には、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。
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