カピトリヌスの雌狼
最初にイタリアに行ったときにぎょっとしたのが、人間の赤ん坊が動物の乳を飲んでいるモチーフです。
銅像だったりイラストだったり、一旦気になり出すとあちこちで発見。
かつて中田英寿選手が在籍したサッカーチーム AS ローマのシンボルもこれですね。
わたしの第一印象は、
「う、なにこれ…気持ち悪い。」
……。
わたしがイタリアについていかに無知だったかバレバレな、大変残念でなおかつイタリアの方々に失礼なセリフです。
実は、この双子の赤ん坊たちは、ロムルスとレムスと呼ばれるローマ建国神話の主人公。
そして、このローマ建国神話は、パラティーノの丘が重要な舞台となっています。
ローマ建国神話を押さえてパラティーノの丘をより楽しもう
パラティーノの丘は、コロッセオとフォロ・ロマーノに行くならぜひセットで見てほしい名所です。
この記事では、パラティーノの丘に行く前にぜひ押さえてほしい、ロムルスとレムスがローマを建国する物語を、Ancient History Encyclopedia 掲載の「ロムルスとレムス」をベースに注釈も加えながら簡単にご紹介します。
バックグラウンドを知ることで、実際にパラティーノの丘に立ったときの感動がより深いものになると思いますよ。
英語オッケーの方は、ぜひ原文もチェックしてみてくださいね♪
「ロムルスとレムス」
Garcia, B. (2018, April 18). Romulus and Remus. Ancient History Encyclopedia. Retrieved from https://www.ancient.eu/Romulus_and_Remus/
90秒で読む!早読み「ロムルスとレムス」
赤ん坊の双子ロムルスとレムスは、叔父のアルバロンガ王の策略でかごに入れられティベレ川に流される。
かごはパラティーノの丘のふもとのいちじくの木の根元に流れ着く。
双子は雌狼から乳を、キツツキから食べ物を与えてもらい助かる。
その後羊飼いが双子を見つけ、妻とともにパラティーノの丘で羊飼いとして育てる。
ある日双子は自分たちを殺そうとした叔父のアルバロンガ王と再会し、彼を殺す。
双子はアルバロンガの王位を辞退し、自分たちの国を作るための土地を探す。
ロムルスはパラティーノの丘を選択。
弟レムスのはアヴェンティーノの丘。
どちらにするかで兄弟喧嘩に発展し、鳥占いによって決着をつけることになる。
弟レムスが見た鳥は6羽。
ロムルスは12羽。
ロムルスは、見た鳥の数のほうが多い自分の勝ちを主張。
それに対して、弟レムスは、最初に鳥を見た自分の勝ちを主張。
結局喧嘩し続ける。
弟レムスは、ロムルスがパラティーノの丘に建てた街と壁のことをからかい続け、おどけた様子で壁を飛び越えてみせたため、ロムルスは腹を立てて弟を殺す。
こうして弟レムスが死んだ紀元前753年4月21日、パラティーノの丘にローマが建国される。
<早読み版おわり>
ゆっくり読みたいひと向け「ロムルスとレムス」
双子の誕生
最初に双子のロムルスとレムスがどんな生まれであったかについておはなしします。
ロムルスとレムスは、愛と美の女神アフロディーテを母に持つ半神の英雄アエネアスの直系の子孫です。
アエネアスはトロイア戦争におけるトロイア側の武将で、トロイア滅亡後イタリア半島に逃れます。
ロムルスとレムスの母方の祖父でアルバロンガ王のヌミトルは、この半神アエネアスの子孫にあたります。
ロムルスとレムスの誕生より前、ヌミトルの弟アムリウスは兄ヌミトルの王位を奪いアルバロンガの財宝をほしいままにします。
弟アムリウスは自分の権力をより確実なものにするため、ヌミトルの男性の後継ぎを殺します。
そしてヌミトルの娘リア・シルヴィアをウェスタの巫女に任命します。
ウェスタの巫女は、火床をつかさどる女神ウェスタに仕える巫女たちです。
ウェスタに捧げられた聖なる炎を絶やさずに燃やし続けるのが巫女たちの務めです。
上の写真左側の二階建ての建物が、フォロ・ロマーノにあるウェスタの巫女の家です。
巫女は純潔を誓わなくてはならないため、アムリウスはリア・シルヴィアが巫女であるかぎりヌミトルの跡継ぎは生まれないと考えたのです。
しかし、アムリウスのあてははずれ、リア・シルヴィアは妊娠し双子のロムルスとレムスを生みます。
双子の父親は誰?
ロムルスとレムスの父親については3つのバージョンがあります。
軍神マルスがリア・シルヴィアの元に現れた(神話1)
半神のヘラクレスが相手であった(神話2)
何者かにレイプされたが、立場上妊娠を神の子が宿ったことにした(リウィウス Livy 版)
なにせDNA鑑定のない時代ですものね…。
双子を安全に殺す方法
当時の風習では、ウェスタの巫女が純潔の誓いを破ったときは、生き埋めにより処刑されるのが普通でした。
しかし、アムリウス王は、双子の父親の神(軍神マルスか半神のヘラクレス)の怒りを恐れ、リア・シルヴィアと双子に自ら手を下したくありませんでした。
そこで、彼は部下にリア・シルヴィアを牢屋に入れ、双子を生き埋めか、野ざらし、またはティベレ川に投げ捨てて殺すよう命じます。
アムリウス王は、双子が剣ではなく自然界のエレメント(土・風・火・水)によって死ねば、彼と彼の街は神々たちの罰から逃れられると思ったのです。
彼は部下に死刑判決を実行するよう命じますが、部下は双子を哀れに思い、命を助けます。
そして双子をかごに入れてティベレ川に浮かべると、川は双子を安全な場所へと運んで行きました。
双子の救出
川の神ティベルヌスは、双子の安全を見守りながらティベレ川の流れを鎮め、双子が入れられたかごがイチジクの木のふもとに漂着するように図りました。
イチジクの木はパラティーノの丘のふもとに生えていたものです。
双子はまず最初に雌狼に発見されます。
そして雌狼が乳を、キツツキが食べ物を与えました。
狼とキツツキはそれぞれ軍神マルスの聖獣と聖鳥です。
ロムルスとレムスは、その後羊飼いファウストゥルスに発見され、彼と彼の妻のアッカ・ラレンティアに羊飼いとして育てられます。
成長したロムルスとレムスは、ある日アムリウス王の羊飼いたちに出くわします。
羊飼いたちはロムルスとレムスにけんかをしかけ、レムスが捕らえられアムリウス王の前に連れて行かれます。
ロムルスは地域の羊飼いたちを集め、弟を助けに向かいます。
アムリウス王はリア・シルヴィアの子供たちは死んだと思い込んでいるので、ロムルスとレムスが本当は誰なのかわかりません。
ロムルスは弟を逃がし、その最中にアムリウス王を殺します。
兄弟げんか
アムリウスの死後、ロムルスとレムスはアルバロンガ市民から王位をオファーされますが、それを拒否。
かわりに祖父で元々アルバロンガ王だったヌミトルを即位させます。
双子たちは、自分たち独自の都市にふさわしい土地を求めて、それぞれアルバロンガを旅立ちます。
そして新しい都市の建設地をめぐって言い争うことになります。
ロムルスは新しい街をパラティーノの丘からスタートさせたいとし、レムスはアヴェンティーノの丘がよいといいます。
そこで、ふたりは鳥占いによって決着をつけることにします。
鳥占い(Augury) はローマ以前からすでに行われていた占いで、特定の鳥がどのように鳴くか、またはどのように飛ぶかによって神の意志を見出すものです。
兄弟は聖なる場所をそれぞれの丘に準備し、鳥の観察を始めます。
その結果、レムスは鳥を6羽、ロムルスは12羽見ることになります。
ロムルスは自分が6羽多いので勝ちだと信じ、一方レムスは自分のほうが鳥を先に見たので自分の勝ちだと主張します。
お互いが譲らず、言い争いが続きます。
そんな中、ロムルスはパラティーノの丘のまわりに堀と壁を築きます。
弟レムスの死とローマ建国
ロムルスが堀と壁を建設する様子を見て、レムスは壁と兄の街のことをからかい続け、おどけた様子でロムルスの壁を飛び越えてみせました。
弟レムスのからかいと壁を飛び越えたことに腹を立てたロムルスは、彼を殺してしまいます。
ここでレムスの死についてはいくつかのバージョンがあります。
リウィウス版では、レムスは単純にロムルスの壁を飛び越えた後死んでしまったとなっており、ローマのパワーと運命に関する神からのサインととらえられています。
一方オウィディウス版では、パラティーノの丘のまわりの壁建設の監督をロムルスから任せられていた Celer が殺したとし、
St. Jerome によると、ロムルス支持者のファビウスか Celer が踏みすき(spade)を頭部に投げつけて殺したことになっています。
しかしながら、ほとんどのバージョンではロムルスが弟レムスを殺したことになっています。
その後ロムルスは悲しみにひたりつつ、弟の亡骸を立派な葬儀で送り出しました。
オウィディウス版では、ロムルスは弟レムスの葬儀の席で、彼の民のロールモデルとなるべく自らを厳しく律して涙と悲しみを見せなかったといいます。
ロムルスは、彼の都市を自らの名前をとってローマと名付けました。
レムスの死んだ日はリウィウスにより紀元前753年4月21日と記録されていて、この日がローマ建国の日となっています。
ロムルスは53歳(プルタルコス説)もしくは55歳(ハリカルナッソスのディオニュシオス説)のときに姿を消しますが、彼の最期にも
嵐または旋風の中に消えて行った
天に上り神となるのが目撃された
元老院により暗殺された
などいくつかのバージョンがあります。
おわりに
2000年以上前の神話の世界のおはなし。
部分的に事実が織り込まれているのかもしれないし、すべてがフィクションなのかもしれない。
誰にも真実はわかりません。
そのグレーの部分こそが歴史浪漫なのでしょうね。
パラティーノの丘だけに限らず、ローマを訪れる方は、ローマ建国神話をはじめとする歴史に触れてみると、旅がより充実したものになると思います。
わたしは旅行の前に予習していかなかったので、今このように後付けで少し齧ったところですが…ローマの歴史、面白いです!
あなたはぜひ旅行の前に押さえて、旅を存分にお楽しみくださいね?
*Brogi, Carlo (1850-1925), “Certosa di Pavia – Medallion at the base of the facade”. The Latin inscription tells that these are Romulus and Remus. Catalogue # 8226.
**本文はキツツキですが写真の鳥はカワセミです。
Photo Credit:on Unsplash; Twins – Jens Johnsson; Baby – Victor Benard; Kingfisher – David Clode; Woman with Spade – Steve Douglas