ツーソンをはじめアリゾナの食の情報をお伝えしているTucson Tuesday。
この連載では、わたしが友人に聞かれたときに教えてあげる美味しいお店を、いつもならお店の承諾なしに勝手にご紹介していますが、今回は記事を書くことを伝え済みの珍しいパターン。
今日は、ツーソンの食のシーンでカリスマ的存在のひとりドン・ゲラ Don Guerra さんがオーナーベイカーを務める人気のベーカリー Barrio Bread をご紹介します。
このベーカリーがツーソンでめちゃめちゃ愛されているヒミツを探ってみました。
パンの焼けるいい匂いがお店の外まで広がるベーカリー
ツーソンの食文化について読み漁っていたある日、何度も名前があがるシェフたちがいることに気づきました。
その中でも特に頻繁に名前を見かけたのが、今日ご紹介する Barrio Bread のオーナーベイカー ドン・ゲラさん。
彼の記事を何本も読み、これは彼のパンを食べてみなきゃ!と居ても立っても居られなくなって Barrio Bread に直行したのがちょうど2週間前でした。
お店に入る前からパンの焼ける美味しそうな匂いがしています。
もうそれだけでいい気分。
店内に入ると、オーブンから焼きたてのパンが台の上に出されたところで、ビジュアル的にもあ~たまりません。
店内にはペイストリー系の可愛いパンはなく、すべてハード系のアーティザン・ブレッド。
お店に来る前にウエブサイトのブレッドメニューを全部読んで来たのに、本物のパンはどれもメニューの写真より美味しそうで迷います…。
すると、外からお店に入ってきたのは、なんとドンさんご本人ではないですか!
ついさっきまで読んでいた記事の写真そのまんまです。
わたし以外のお客さんは全員常連さんのようで、ドンさんと顔なじみのご様子。
こういうときにさらっと話せるのがアメリカのスモールトーク文化のいいところだとわたしはいつも思っているのですが、彼がわたしにあいさつしてくれたときに、さっきまでこのお店とドンさんの記事を読んでてどんなパンか食べたくなったので来たことを話したら、お店のバックグラウンドを話してくれて、パンの説明をし、味見までさせてくれました!
ものすごく親切な方です。
折角なので、ドンさんがツーソンらしいと思うパンを選んでもらいました。
お店で売られているパンはすべてツーソンらしいといえばそうなのですが、わたしのパンの好みも聞いた上で、彼が選んでくれたのは Heritage、Pan de Kino(1600年台にスペイン人宣教師キノ神父が広めた白ソノラ小麦 White Sonora wheat 使用)、そして Pan Rustico。
この中から、その日の気分にぴったりだった Pan Rustico を買ってみました。
車の助手席にパンをのせて走っていると、車の中に香ばしいパンの匂いが充満して、あ~幸せ?
ローマで食べたブルスケッタをイメージして、トマトとオリーブオイルだけのシンプルなブルスケッタにしてみました。
Pan Rustico の強めの塩気がアクセントになって、素晴らしい。
添加物の入っていない手作りのパンは、焼いた翌日には美味しさが激減しているものですが、Pan Rustico は、翌朝も皮のパリッと感はなくなったもののしっとりしていて美味しかったです。
ガレージを改造して始めた「ご近所ベーカリー」
噛むほどに味のある美味しいパンを焼くドンさんが初めてベイカーとしてパンを焼いたのは20歳のとき。
フラッグスタッフのベーカリーでの仕事初日、パン作りに自分が好きな美術的、科学的な要素もあることを知り魅了されたといいます。
そこで、パンは生きていて、天然酵母などを使って命を吹き込んであげると育ち始め成長していくので、その発酵過程を上手に管理してあげるのがベイカーの仕事だということや、商品を大事に育てていくことが大切だということを学びました。
彼はフラッグスタッフとオレゴンでベーカリーを開きますが、次第にベイカーとしてパンを焼くより経営者としての仕事ばかりになり、違和感を感じ始めます。
そして、再びアリゾナ大学に戻り、今度は教育学を勉強して、小中学校で体育を教えていました。
そうして7年間教育現場に携わるのですが、やっぱりパンを焼きたいという熱い思いは消えなかったのです。
コミュニティの一員として貢献したいという情熱から来た思いだったと、彼は語っています。
そんな経緯を経て、2009年に自宅のガレージにイタリア製のデッキオーブンを設置して始めたのが Barrio Bread です。
Barrio はスペイン語で「近所」という意味。
彼が最初に焼いたパンを食べたのが近所の人たちだったことから、この名前になりました。
このガレージ改造ベーカリーで焼いたパンを車のトランクに積み、ファーマーズマーケットやピックアップポイントで売るというスタイルで売り始めました。
彼のパンの美味しさは、あっという間にツーソン外にも広がり、ニューヨークタイムズで「a cult star among the nation’s slow-fermentation bread bakers(長時間発酵パンベイカーの全国的教祖スター)」と紹介されたほどです。
こんな風に、2016年11月に現在の場所にお店を構え5人の従業員を雇うまでは、ドンさんひとりでガレージでパンを焼き、ボランティアの助けを借りていました。
新店舗オープン初日には、最初の3時間で450個以上のパンが売れたそうです。
テストベイカーとして自ら実験台に
さて、2012年頃、ツーソンのノンプロフィット財団 Native Seed Search が、政府から助成金を得て、白ソノラ小麦(White Sonoran wheat)などの古代からソノラ砂漠で育てられてきた穀物を栽培をすることになりました。
白ソノラ小麦は、1600年台にスペイン人宣教師キノ神父がこの地に持ち込んで広めた小麦で、味がよく栄養価が高いだけでなく、干ばつに耐性があり、病気に強く、高い適応性を持つ品種です。
このとき、ドンさんは、自分たちが、古いものでは4000年前から穀物を育ててきた土地にいるという歴史的な事実を改めて意識します。
また、農家や自分以外のベイカー、ビールや蒸留酒の製造業者、パスタやピザを作るシェフなど、みんながその穀物に注目していることに気づきます。
それならいっそのこと僕が「テストベイカー」になって、僕のパンとパン作りを実験台にして、古代穀物のもつ可能性を探ってみようと思ったのだそうです。
ローカル・グレイン・エコノミー
ドンさんのインタビューや記事に何度も登場する言葉が「ローカル・グレイン・エコノミー」(local grain economy) です。
直訳すると地元の穀物経済。
ローカル・グレイン・エコノミーは地元の生産者、研究者、農家、そしてコミュニティによる様々なネットワークで成り立っています。
ドンさんは、このローカル・グレイン・エコノミーを発展させ、地元のフード・ネットワークを育てていくことに力を注いでいます。
農家のひとたちに経済的チャンスを創り、地元の人たちに食べてもらい、地元でどんなものが作られているのかを見せてあげると、人の気持ちは盛り上がるし、住んでいる場所への誇りを高めてあげることになると思うのです。… パンの生産、教育的アウトリーチ、小麦の研究を組み合わせてローカル・グレイン・エコノミーを強化する。そしてその活動を続けていくことで、僕たちみんなに様々な機会を創っていければ、僕は満足なんです。
BITE MAGAZINE のインタビュー
彼のローカル・グレイン・エコノミーではローカルフードの生産と消費のサステナブルなシステムができてきています。
地元で採れたものを地元で消費する日本の「地産地消」の考え方と通じるものがありますね。
パンを通じてコミュニティを繋ぐ
彼のゴールは、パンを通じてコミュニティを繋げることです。
今の彼があるのは、コミュニティのおかげであると同時に、彼がコミュニティへ貢献した結果だと、彼は認識しています。
それに、自分のパン作りや知識を自分の頭の中にしまっておくのと、それを他人とシェアするのとではどちらがいいか、ドンさんにははっきりしています。
研究者や農家、製粉業者、ベイカー、ビールや蒸留酒の製造業者、シェフたちと直接情報を共有し合い、この地方でとれる穀物を使った商品を作るのは楽しいと語るドンさん。
さらに、彼は数々のベーキングクラスで教えたり、コンファレンスやワークショップで、古代からソノラ砂漠で育てられてきた穀物を生かした自身のビジネスモデルについて語っています。
また、様々なコラボレーションやアウトリーチ教育を通じて、コミュニティの人たちが、彼のパンが出来上がるまでにどんなリソースとプロセスが必要かを理解するようになりました。
そして、アメリカ国内だけでなく、メキシコや台湾など海外にも赴いて教える機会を持つなど、内外問わず情報をどんどんシェアしていく姿勢を貫いています。
今日もまたパンを買いに…
この記事を書いていたら Barrio Bread のパンを食べたくならないはずがなく、2週間ぶりにお店に行ってきました。
今日もひとりひとりのお客さんとお喋りしながらパンを売っているドンさんは健在でした。
心から感心したのは、わたしの顔を見るなり「〇〇どうだった?」と2週間前に話した話題から会話が始ったこと。
この記憶力、才能なんでしょうね。すごいな~。
お客さんとの会話で繋がりを感じてもらい、彼らがローカル・グレイン・エコノミーの一員なんだと実感してもらう、というのを彼は無意識に実践しているのかもしれませんね。
今日はバゲットを買ってみましたが、まだオーブンの熱の残るパンを抱えてそれはいい気分でした。
駐車場で車を出そうとしていると、バックミラーに映る Barrio Bread から出てきたばかりのシニア夫婦が、焼きたてのパンを袋からちぎってそれは美味しそうに食べながら歩いていて、微笑ましかったです。
パン職人の想いの伝わるパン
台湾でのパン作り講座のビデオの中で、ドンさんが「自分を反映させた自分だけのパンを作ると、食べた人にあなたがどんな人生を歩んできたかわかるし、あなたのエネルギーも伝わる」というような話をしているのですが、Barrio Bread のパンを食べると、彼の言葉どおりドンさんの情熱そのものを食べているようなかんじがするんです。
実は、バゲットを噛んだ最初の瞬間に、
袋から出したパン
車の助手席に置いたパン
駐車場で袋からパンをちぎって食べてた老夫婦
お店で話したドンさんの笑顔
パンを取って袋に入れてくれた女性の笑顔
売り場横のオーブンに入っていく成形されたバゲットの生地
発酵中の生地
小麦粉
製粉所で小麦が挽かれる様子
黄金色の小麦を収穫する農家
緑の小麦畑
小麦の種
土
…
という映像がものすごいスピードで脳裏に浮かび、一瞬何が起こったかわからず我を忘れました。
よく商品ができる工程をリバースで見せるコマーシャルがありますよね?
まさにそんなかんじ…一体何だったんでしょう?
不思議な体験をしてしまい、当然のごとく Barrio Bread のパンにハマってしまいました。
Barrio Bread 場所とレビュー
Barrio Bread
18 S Eastbourne Ave
Tucson, AZ 85712
(520) 327-1292
yelp のレビュー
Broadway Blvd 沿いの Bisbee Breakfast Club が入っているストリップモールの一番奥の小さなお店で、Sushi Garden の向いにあります。
パンが売り切れた時点で終了ですのでお早めに。
Sushi Garden の裏に広い駐車場があります。
おわりに
いかがでしたか?
ドンさんは強烈なカリスマオーラがありながらものすごく気さくな方なので、あなたがお店に行ったらぜひお喋りしてみてくださいね。
このブログをネタにしてもらってもいいですよ~。
彼と話して Barrio Bread のパンを食べて、ドンさんの情熱とコミュニティが育てたパンを体験して、感じてみてください。
でも、もしかしたら今まで食べていた普通のスーパーのパンに戻れなくなるかもしれませんので、覚悟を決めてからお試しを。
参考:
OUR DAILY BREAD by Bruce Farr for readbite.com
Don of Bread by Mark Whittaker for tucsonweekly.com
For the Love of Bread by Carolyn Niethammer for arizonaalumni.com
Ten Southern Arizona Business Owners You Need to Know (Part III) by Shelby Thompson for ediblebajaarizona.com
Bringing together the Tucson community through bread by Sinjin Eberle for vimeo.com (video)
アリゾナ食べ歩きTucson Tuesday ではツーソンをはじめアリゾナの食の情報をお伝えしています。
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